コ メ ン ト の 受 付 に つ い て

『山と葉っぱと猫が好き』では、2009年11月からコメントの受付を休止してい ました。
その理由をここで一言で表すことはとても難しいので、とりあえず以前書いた
山で見失うこころを 読んでみてく ださい、としか言いようがなくて申し訳ないです。

受付休止してから半年ほど経過したころ、5月に短期間だけコメントの受付を再開したことがありました。
その時のお知らせの文章はこういうものです。

まだ実験的ですが 2009年11月から休止 していたコメント受付を、久し振りに短期間だけ再開します。
どうしたらいいかずっとずっと考えていて、無理して再開する必要はないと思えるようになった昨今ですが
先日、海外に嫁いだ友人から
「コメントをしたい人がたくさんいるはずだから、返事は しないで受付だけしてみ てはどうか」

と アドバイスされました。  戸惑いました。言われてすぐは「無理」と否定しました。

返信をしないコメント受付というものは、ともすれば荒らされがちです。
返事がない、反応がない、反論されないと知った時 人は
「何を言っても構わない」精神が生まれて、適当なことを平気でします。
相手を傷つけようとしたり、そのつもりはなくても思いやりをなくしてしまったり、
自分の抑圧された気持ちを一方的に解消しようとしたり、むちゃくちゃをしたくなったりします。

今のわたしはそういうものを交わし、流し、受け止めつつも気にしない という心の余裕がありません。
だから、コメント受付を再開することが少し怖い……考えるだけでドキドキします。

でも時々思い出すのです。 あの人は読んでくれているだろうか。 あの人はどう思ってくれるだろうか。
これまでにこのブログに訪問してくれた、やさしくてあたたかいあなたたちのことを。

「返事を書かない」ことはまた別の勇気が必要で、あまり気が進みませんでしたが
友人の言葉が新しいきっかけになればと思い、期間限定で受付してみようと思います。

「荒らされている」と感じたらまたすぐ受付休止するつもりなので、
もしかしたらものの数日で閉じてしまうかもしれません。ですから、
ほんとにほんとに申し訳ありませんが、
コメントにお返 事はしません。
過去に投稿した記事も、当時の設定状態によって受 付可になってるのもあると思いますので
この文章を読まずにコメントしてしまう方もいるかもしれま せんが、同様にお考えください。
2010年5月4日

この当時のコメント受付は、わずか2週間にも満たない期間で終了してしまいましたが、その理由は
悪意のあるコメントをされたからでもなく、「返事をしないで受付だけ することへの罪の意識」からでした。
それほどに、人間というものに対して疑心暗鬼になっていた。
けれど、その理由を一番よく知るのも自分自身。自らを癒せるのも自分以外にありません。
必ず乗り越えたい。毎日をしあわせと感じながら生きていきたいし、すべてのものや人に感謝したいから。
この苦しさを時には受け入れ、時には逃げ、ようやく以前より “少し” よくなってきたと思える今日この頃。

9月に入ってから、再びコメントの受付を再開することにしました。
今回もまた悩みましたが、同じようにお返事をしない決意のも とに始めています。
ネット上の広く浅い付き合いとか社交辞令とか、そういうものを一切排除してしまうことで
肩の荷が下りて自由になれた反面、大切な言葉をくれた人や、
もっとお話してみたい人へのお返事もできなくなりまし た。
それだけは今でもこころに引っかかってしまいます。

以前コメントをくれた方が、ご自身が書いた内容のことを気にされていて、
「あの時はごめんなさい」なんて書いてくださる時など、せつなくてたまらなくなります。
そんなことない、絶対気にしないでほしい。
そして、そんな気持ちがとてもうれしかったってことを伝えたい。
でも「この人には返事をするけど この人にはしない」という差別や仕分けだけはつけたくないのです。
だから、読みながらこころの中で返事を返すことしかできません。

このブログにコメントを下さる方の文章は、「お手紙」で す。
お手紙にはしっかりした返事を書きたくなる。
全員にお返事を書くようになった時、このブログの更新は止まってしまうような気がします。
プカプカはブログを続けることを選びました。 だから、コメントにお返事することをやめました。

これからも何度も迷い、何度も決断して、いっぱい変わっていくと思うけど
そのすべてがよいことへとつながっていくと信じています。

いつもみなさまのあたたかい応援と励ましの言葉に、胸の中がほかほかです。
あんまりプカプカを泣かせちゃいけませんよ。 この いけずぅ

読んでくださってありがとうございました。       2010年10月20日